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東京地方裁判所 平成3年(ワ)10452号 判決 1992年7月27日

原告

今林浩一郎

被告

共生産業株式会社

右代表者代表取締役

岡田充

右訴訟代理人弁護士

土屋文男

主文

一  「平成三年一月三一日付けの懲戒解雇は不当であるので取り消し、改めて労働契約を会社側の労働義務違反により解除する。あるいは、少なくとも懲戒解雇は行き過ぎであるので取り消せ。」との請求を却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成三年二月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  平成三年一月三一日付けの懲戒解雇は不当であるので取り消し、改めて労働契約を会社側の労働契約義務違反により解除する。あるいは、少なくとも懲戒解雇は行き過ぎであるので取り消せ。

第二事案の概要

本件は、進学塾等を経営する被告に平成二年九月二〇日から勤務していた原告が試用期間中である同年一二月一八日に被告から退職勧告、解雇予告を受けた後、無届欠勤が一四日以上になったため、平成三年一月三一日付けで懲戒解雇(以下「本件解雇」という。)されたところ、本件解雇は不当であるなどとして慰謝料五〇〇万円の支払と請求記載二の請求を掲げて提起した事案である。

一(争いのない事実)

1  被告は、進学塾等を経営する株式会社であるが、平成二年九月二〇日、マニラに開設予定の日本語学校の日本語講師とする計画のもとに、当面進学塾で稼働させる約定で、原告を雇用した。原告は、当初、千葉県市川市にある進学塾本八幡教室で研修を兼ねて授業を担当するなどし、同年一二月一二日千葉本部に異動となった。

2  被告は、同月一八日、原告に対し、口頭で、退職を勧告し、併せて解雇を予告し、また、同月二七日付けで、原告を平成三年一月三一日限り解雇する旨の内容証明郵便を送付し、右内容証明郵便は平成二年一二月二八日原告に到達した。

被告は、原告に対し、平成三年一月三一日付けで懲戒解雇の意思表示をした。

3  被告は、平成三年二月、我孫子警察署に対し、原告が、平成二年一一月二八日ころから同年一二月二四日ころまでの間、多数回にわたって被告経営の進学塾教室に火災が発生した旨虚偽の事実を消防署に申告して消防車を出動させ、もって偽計を用いて被告の業務を妨害した旨の業務妨害罪の告訴事実で、原告を告訴した。

二(争点)

1  原告の請求の原因は次のとおりである。

(一)  本件解雇は、虚偽の事実に基づくものであり、また、解雇権を濫用してなされたもので不当である。

解雇予告が就職活動をするには一年中で最も不利な年末正月休暇を前にした平成二年一二月二七日になされたことは被告の害意の表れである。原告は同年九月二〇日に被告に入社したものであって、当時失業保険もきかない不利な状況にあった。

被告は原告を日本語教師として採用したのに、塾教師や印刷の仕事をやらせて適性がなかったとして任意退職を勧めた。それぞれの職の適性、研修方法は異なるはずであり、塾教師や印刷の仕事をやらせて適性がないと判断することはできないはずである。それは原告を辞めさせるための口実である。

原告は、平成二年一二月一八日被告から退職勧告を受けたため、翌一九日及び二〇日に柏労働基準監督署に相談に行って労働基準法上の問題点を申告した。同監督署による被告の事情聴取は、同月二七日付けの書面による解雇予告の寸前になされており、労働基準監督署への申告が解雇の重要な動機となったことは明らかである。

(二)  被告は、松戸公共職業安定所に虚偽の解雇理由を申告し、平成三年一月三一日から同年七月中旬まで離職票の交付を拒んだ。

(三)  被告は、業務妨害罪で我孫子警察署に誣告による告訴をし、総務部長沖村ヨシエ、代表取締役岡田充、取締役伊藤俊男、下井隆進、人事課員広瀬、清水、総務課員岩塚、職員山田、遠藤を中心として、社内に、原告が異常者であり、被告に対する業務妨害犯人であると吹聴して公然原告の名誉を毀損し、何度も原告方に電話をかけて原告の家族にも原告が業務妨害犯人であると広めた。

2  被告の答弁は次のとおりである。

(一)  請求の趣旨二項の訴えは、雇用契約の終了は争わず、その終了原因を巡る理由についてのみ争うものであるから、訴えの利益がないものとして却下さるべきである。

(二)  原告を採用した被告は、原告に教師としての経験がないことを勘案し、進学塾本八幡教室での研修を命じたものであるが、原告の勤務態度は、自分の好まないことはやらないという自己中心的なもので、「私は日本語教師をやるので予備校とは関係ない。」として上司の指示に従わないなど不誠実であった。原告は、他の職員と会話もなく、コミュニケーションが計れないなど、明朗性、協調性、渉外性等、教育に携わるものとしての人格、適性に著しい欠如があったため、平成二年一二月一八日、被告は、原告に対し、口頭で、講師としての適性がないので退職したらどうかと任意退職を勧め、就業規則三八条二項に基づき平成三年一月三一日付けで解雇する旨告げた。

原告は、予告期間中も雇用契約に基づく就労義務があるのに、右の翌日から長期間にわたって無断欠勤を続けた。そのため、被告は、右無断欠勤を理由として就業規則四八条に基づき、原告を懲戒解雇にしたものである。

(三)  被告は、原告から、離職票の交付の請求は受けていない。同年六月下旬に初めて公共職業安定所より原告からの請求が来ていると知らされたのですぐに手続をとった。被告にこの点の不法行為はない。

(四)  被告が告訴に及んだのは、無言電話、理由のない一一九番通報による消防車の出動その他、被告に対する業務妨害事件が多発しており、いずれも原告に対して注意等をした直後に発生していたことから、それらが原告によるものである嫌疑が濃厚であったところ、右火災通報の録音テープの声が原告の声と同一であることを確認したためであり、誣告ではない。

なお、他にも、原告は、千葉地方法務局の人権擁護課に「生徒が叩かれて血を流して授業を受けている。」などという申告をしたり、嘘の電話をして被告代表者方に多量の寿司の出前を配達させたりしている。

しかし、被告は、原告の名誉保持のため、刑事告訴したことにつき社内で吹聴したことはない。

第三争点に対する判断

一  争いのない事実、(証拠・人証略)の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  被告は、平成二年九月二〇日、マニラに開設予定の日本語学校の日本語講師とする計画のもとに、当面進学塾で稼働させる約定で原告を雇用し、原告に教師としての経験がないことを勘案し、進学塾本八幡教室での研修を命じ、原告は、当初、千葉県市川市にある同教室で研修を兼ねて授業を担当するなどし、同年一二月一二日千葉本部に異動となった。

2  この間、原告の勤務状況に関しては、授業内容がよく分からないなどとの生徒からの不満や生徒が騒いでいるなどの父兄からの苦情が出たり、上司、同僚とのコミュニケーションが計れないなどの他の職員からの不満が出たりした。また、原告は、印刷作業を命ぜられて行った際、紙を折ったりホチキスでとめたりする作業が十分にできなかった。こうした事態について原告は、本来海外における日本語学校の日本語教師になる予定で雇用されたものであるとして、上司、同僚からの各種指示やアドバイスに対して、「何度も言われなくったって分かりますよ。」などと言って反発した。

3  被告は、海外における日本語学校の教師としても、国内における塾教師と同様、生徒、同僚教師とのコミュニケーションや一定の事務処理能力(通信文の作成、印刷、配付等)が要求されると考えているところ、試用期間中に原告の教師としての適性を判断しようとしたものであるが、前記のような状況から、原告にはその適性がないものと判断し、同月一八日、原告に対し、口頭で、講師としての適性がないので退職したらどうかと任意退職を勧め、併せて解雇を予告し、また、同月二七日付けで、原告を平成三年一月三一日限り解雇する旨の内容証明郵便を送付し、右内容証明郵便は平成二年一二月二八日原告に到達した。

4  しかして、解雇予告の翌日から継続的に原告が欠勤したため、被告は、原告に対し、書面による届出のない一四日以上の欠勤を理由として平成三年一月三一日付けで懲戒解雇の意思表示をした。

5  その後被告は前記告訴を行ったが、被告が右告訴に及んだのは、多数回にわたる無言電話、理由のない一一九番通報による消防車の出動その他の業務妨害事件が原告に対して注意等をした直後に発生していたことから、それらは原告によるものである嫌疑が濃厚であるとみていたところ、右火災通報の録音テープの声が原告の声と同一であることを確認したためであり、これをもって誣告とはいえない。

なお、原告は、本件第三回口頭弁論期日(平成四年一月三一日)以降の口頭弁論期日に出頭せず、同年四月二七日付けで、「訴訟の勝敗にかかわりなく、速やかに結審されるように裁判長に上申するものである。たとえその結果原告敗訴の結果であったとしても、東京高等裁判所に控訴し、訴訟の遂行を継続する意志である。原告としては必要とあらば、最高裁判所への上告も辞さない覚悟であり、現在の訴訟の進行を早めたい。」旨記載した上申書を提出しただけで、立証をしない。

二  右の事実によれば、試用期間中の原告を、教師としての適性を欠くものとして解雇したことが不法行為であるとすることはできず、他にも、原告に対する被告の不法行為に当たる事実を認めるに足りる証拠がない。

三  請求の趣旨二項の訴えは、懲戒解雇の意思表示の取消しを求めるというものであって、そのままでは不適法であることが明らかであり、また、原告自身が被告との雇用契約関係の終了を前提として当該請求をしているものと解されるから、これをもって雇用契約上の地位確認等の他の適法な訴えに善解する余地もない。

四  したがって、原告の慰謝料請求は失当であり、その余の請求は不適法であるというほかはない。

(裁判官 松本光一郎)

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